太極拳ではよく、相手の攻撃を化勁により無力化するという。
しかし、早いパンチや蹴りに対して、化勁で対処するのは容易ではない。
それを可能にするには、伝統に裏付けされた技術が必要だ。
それでは、掤捋擠按の「掤」について説明しよう。
太極拳では掤は掤勁として語られる。
掤勁は、身体の中心から外へエネルギーが膨張する、張りをもった力で現れる。
当方のエネルギーが球状に膨張して、相手のエネルギーも球状に膨張する。
やがて二つのエネルギーは、お互いの手を接点にして、つながり合う。
手の張りは繊細で、植物の葉が成長していくような張りである。
掤勁とは、触れた接点でもって、相手と一瞬にして同化する作用である。
これが、本来の掤勁の意味と解釈している。
掤勁は、力の変化を与えるのではなく、吸い付いて接触するイメージだろうか。
この「掤」ができないと、次の「捋」もできない。
掤で同化して、初めて、捋で相手の力の方向を変化させるこができる。
理論的には掤と捋を合わせて化勁となる。
化勁をかけられると、衝撃がないまま、力をずらされてしまう。
しかし、この章で語りたいのは、化勁ではない。
型の動作の流れの基本となる掤捋擠按の「掤」である。
型は技の連続動作であるが、ひとつの技は4つの動作から構成される。
この4つの動作を端的に表したのが、掤捋擠按である。
「掤」=「力を抜き、相手を誘う」
「捋」=「攻撃を引き込み、かわす」
「擠」=「間合いを詰め、正中線をとる」
「按」=「打ち込み、衝撃を内部に送り込む」
つまり「力を抜き、相手を誘う」が「掤」となる。
私は、掤勁を少し、解釈広げて、「誘い」と捉えている。
掤勁とは、必ずしも相手と手で接する必要はない。
間合いをキープしながら、手をアンテナのように空間に差し出す。
これも「掤」の動作となる。空間を介して、相手とつながるのである。
間合いとは、お互いの静寂な制空圏バリアがはられている状態である。
このバリアを部分的に消し、わざとターゲットを出して誘いをかける。
太極拳の型では、最初の動作で、顔を相手に打たせるように誘う。
冒頭の写真のように、両手を上に開き、顔を差し出す、弓歩の姿勢だ。
太極拳の代表的な誘いのポーズである。
こちらのタイミングで、相手に打たせることができれば、有利となる。
相手のパンチを、当たる直前まで引き込み、ターゲットを一瞬に消す。
つまり、触れることはなくても、化勁は成立するのである。
太極拳の魅力は、
こういった達人への道が、伝統の動きとして受け継がれている点だろうか。
相手に、ターゲットの照準を合わさせる、これが武術の誘いである。