太極之呼吸 全集中常中 武術を極める呼吸法とは
「鬼滅の刃」の漫画、動画、映画が日本だけでなく、台湾、中国でもブームとなっている。
この物語では、それぞれの剣技の流派は「水の呼吸」、「炎の呼吸」、「風の呼吸」のように呼吸を名称としている。また、鬼殺隊の最高位の剣士は「柱」と呼ばれ、「全集中常中」の呼吸法を身につけていることが最低条件とされる。 武術を極めようとする者達にとって、呼吸の存在はいかなるものなのか。 達人の域に踏み入れし者達は、どのような呼吸法を会得されているのだろうか?
私なりに「全集中常中」の呼吸法を考察してみた。
空手、太極拳にかかわらず、どの流派でも型を学んだだけでは、実戦で通用しない。
相手の動きに呼応して、技を繰り出す型となるためには、ある種の呼吸法が存在する。 武の呼吸には次の三つの要素が含まれているのではないだろか。
- 体軸がぶれず疲れない深い呼吸法
- 自分と相手を一瞬に融和させる吸気法
- 相手の体内で気を爆発させる呼気法
私の武術レベルでこの話題を語るのは少し冒険ではあるが、興味のある方はお付き合いいただきたい。
まずは本題に入る前に、呼吸の本質と肺の動きについて簡単に説明しておこう。
細胞は生命維持と活動のために、大量の酸素を消費し、大量の二酸化炭素を排出している。酸素は動脈により細胞に運ばれ、二酸化炭素は静脈により回収される。
回収された二酸化炭素は心臓を通して肺に送られ、外気から吸引された酸素とガス交換される、このガス交換は、肺を構成する肺胞と、肺胞を取り巻く毛細血管で行われている。
呼吸の本質は、このガス交換の効率を高め、必要な酸素を細胞に送り届けることである。
また、肺には呼吸するための筋肉がないことを知っておく必要がある。
肺は、容積を広げ陰圧で空気を取り込み、容積を狭め陽圧で空気を押し出している。
肺の呼吸は、周りの筋肉である肋間筋と横隔膜の収縮で成り立っている。
それでは、始めよう。
- 体軸がぶれず疲れない深い呼吸法
激しく動き始めると、急速に静脈の二酸化炭素濃度が増加する。
この二酸化炭素を如何に効率よく体外に排出するかが重要となる。
人間の肺は鳥のように空気の流れが一方向ではない。
肺胞内は酸素と二酸化炭素は混在しながら出入りしている。
横隔膜を緩和させ、混在した息を吐き切り、新鮮な息を吸引する深い呼吸が必要となる。
そのためには、横隔膜の上下稼働範囲を十分使い切ることである。
人は横隔膜の動きを感覚で認知できない。
要領としては、舌先を上顎に押しつけ、意識を頭頂から抜き上げると同時に、
体の重心である丹田に意識を持っていき、腹圧を制御する感覚で横隔膜を深く上下させる。
もう一つの重要な要素は、筋肉の酸素消費量を極力抑えることである。
それには、常に体の重心である丹田から動き始めることである。
太極拳は関節が揺動支点となり、力が内から外へ伝わる。
パンチや蹴りを繰り出している時に、この流れを阻害する筋肉の収縮があってはならない。
余分な筋力を使うと技の切が落ち、体軸がぶれるので、すぐに息が上がる。
また、筋力を使わないために、肩をしゃくり上げて技を出す人がいるが、これも間違いである。
力の発動起点は、常に丹田でなければならない。
- 自分と相手を一瞬に融和させる吸気法
「後の先」、「先の先」ができる人は、間違いなくこの呼吸法を会得されている。
年老いても、反射神経の戦いを余儀なくされるようでは、若い人には勝てない。
相手の初打の拍子に合わせて、懐に入り込み、自分と相手を融合させる。
呼吸において吸うとは、交感神経が優位になっている精神的な緊張状態である。
相手の初打の拍子に合わせて、横隔膜と外肋間筋を一瞬に収縮させることにより吸引する。
横隔膜が収縮により下がることは意識できないが、胸郭が少し広がる感覚が、心を開く感覚と似ており、相手との融和につながる。これは、舌先が上顎つき、神気が頭頂に抜ける精神的緊張ではあるが、身体は全身が脱力した状態となる。一瞬の脱力は、力みの反対で、相手に拍子を取られない。こちら主導で、相手に融和していっている。
- 相手の体内で気を爆発させる呼気法
相手に打撃を喰らわせる時に、吐くことは、どの武術でも共通ではないだろうか。
息を吐くとは、副交感神経が優位な精神的リラックス状態で、身体が外に伸びていく感覚。これはエネルギーの放出であり、パンチや蹴りの速度を疎外する筋肉の収縮があってはならない。息を吐いている時は、収縮した横隔膜が緩和しながら上がり肺を圧縮していく。
攻撃で繰り出した衝撃波が相手の体内の破壊点に到達した時に合わせ、一瞬に腹圧を高める。この胴の圧縮により横隔膜の戻りを加速させ、破壊点を通過する衝撃波も加速させる。
衝撃波とは、気といった曖昧なものではなく、関節の揺動支点連鎖による、物理的な力の流れである。
ここで述べたことは、今の私の武術レベルで見えている世界であり、今後変化していくことがあるかもしれないことを理解いただきたい。