日本の武術には「先の先」「対の先」「後の先」といった意の世界の言葉がある。
中国武術である太極拳にも同様の教えがある。
「彼不動己不動,彼微動己先動」、これは武禹襄老師の言葉である。
「彼動かず、我動かず、彼に微動あらば、我先に動く」
この話を説明するには、間合いを理解してもらうことから始めなければならない。
間合いとは、相手の攻撃に対して、防御できる距離であり、こちらが攻撃するにも一歩を踏みこまなければ、相手に当たらない距離といえよう。
つまり重心移動が伴う距離である。人間の体は重たい、これがいきなり水平移動するわけではない、必ず初期加速させるための微動がともなう。
「先の先」とは、相手の微動に合わせて、先に仕掛けることである。
動物は長い進化の過程で、相手に反応して動いた方が、意図して動くより、早く動ける能力を獲得してきた。これは、人間も例外ではない。Fight, Flight or Freezeこれは外敵からの危険に対して身体にすり込まれた反応で、無意識の領域だ。武術はこれを応用している。
「先の先」は相手が技を繰り出そうとする瞬間に、相手が攻撃するラインを先取りして、動作を制止させることができる。太極拳では先にそのラインに沿って気をぶつけ、蓋をするという表現がある。
「対の先」は相手の攻撃の動作に合わせた、いわゆる合わせ打ちである。ボクシングではカウンター狙いとして有名である。
「後の先」は、相手にそのまま打ち込ませ、技の切り返しが出来ない状態をつくり、反撃する方法である。太極拳の技のパターンは「後の先」で組まれている場合が多い。
ここで、大切なのは「先の先」も「対の先」も「後の先」も全て、相手の微動を察知することで動き始めている。太極拳の「後の先」は、相手のパンチを迎えに行き、相手のパンチをこちらに連れてくる動作を伴う。つまり、「先の先」のタイミングを取れなければ、「後の先」もできないということである。
戦いとは、つまるところ、「先の先」、「対の先」、「後の先」の取り合いの攻防である。
「先の先」のタイミングが取れなければ、相手のパンチや蹴りを、力ずくで叩くような受けとなってしまう。これでは、相手も叩かれるタイミングに反応できるので、互角の戦いが継続することになる。技を会得するとは、こういった戦いをしないためのものである。
誤解があるといけないので、最後に付け加えておく。
空間を隔てた打撃の戦いにおいて、間合いの内に入り込めた場合は、先に手を出した方が有利である。間合いの内では、「先の先」は成立しない。