「太極拳はなぜゆっくり動くのですか?」
たまにこういった質問を受ける。
ウェブを見ても、武術的な見地から説明されている例が見当たらない。
何故なのだろうと不思議に思う。
ここでは、私の見解を示したいと思う。
皆さんは次のような話を聞かれたことはあるだろうか?
西部劇にでてくるような拳銃やライフルは弾を込めないで空撃ちしてはいけない。
なぜなら、空撃ちすると撃針や撃鉄に狂いが生じてしまう。
太極拳の掌打はそれと同じだ。
素早く空気を打とうとすると、掌打に狂いが生じてしまう。
それほど、太極拳の掌打とは繊細なものだ。
太極拳の掌打は、空手の掌低打ちのように、表面から打ち砕くものではない。
体の内部を破壊する掌の打ち方は、打ち抜く打法の原理とは異なる。
空気は軽すぎて、勁の衝撃波を作用反作用として感じることができない。
つまり、勁による破壊力を確認できないので、早く打つことは不可能なのだ。
太極拳の掌打で素早く打つには、破壊する対象が必要となる。
しかもそれは板やブロックではない。
理想は顔面を打って脳を破壊するのに近い感触だ。
練習には、パンチングミットをそのように持ってもらうことが重要となる。
しかし、破壊する対象がない空間ではひたすらゆっくりと動く。
太極拳はゆっくり動くことで勁力を練っていく。
勁力とは、体の中心で生まれたエネルギーを破壊点に効率よく伝えることである。
太極拳の勁の特徴は纏絲勁である。
纏絲勁で重要な役割を果すのが小天星(豆状骨)の動きだ。
胸の意識でもって、肩、肘、小天星を揺動支点として順番に動かし、掌に重みを伝える。
このエネルギーの流れをゆっくりと感じながら、纏絲勁なる勁力を獲得していく。
エネルギーの到達地点は掌の少し前方の空間であることは言うまでもないだろう。
ゆっくり動くことの利点は、このエネルギーの流れにごまかしが効かないことだ。
つまり正確に繊細に動くことを余儀なくされる。
早く動けば、勁力を獲得していなくても、見た目にはごまかせるかも知れない。
しかし、掌に重みが出ないので、受けたときの衝撃は全く異なる。
ここが武術の面白いところだ。